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関東大学アイスホッケーリーグに所属する選手で構成されたチームです。
青き志を胸に抱く学生が主体となり、ホームチーム不在の東京および首都圏でアイスホッケーの新時代を展開します。
#東京 #ブルーズ
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#西東京
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先日はご来場ありがとうございました‼️ 来場者は762人‼️
これだけの方に来場していただいてとても嬉しく思います!
さらには普段のリーグ戦とは異なりひとつひとつのプレーにどよめきが起こるなど、初めてアイスホッケーを観る方にも多く来場していただき、ブルーズの目指しているものに少し近づけたように感じております。

先日の試合を実現するにあたり特別協賛の株式会社イメージをはじめ、キッズゲームに参加の両チーム、MCを務めていただいた布施川さん、照明で会場を盛り上げてくださった株式会社MOON LIGHTなど多くのお力添えをいただいたこと、心から感謝しております。
そして何より会場で選手に多くのエールを送ってくれた観客の皆様とSNSなどを通じて応援してくださった皆様に感謝申し上げます。
ありがとうございました。

これからもアイスホッケーをより注目していただけるように努力してまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

#東京ブルーズ
#アイスホッケー
#学生スポーツ
#ありがとうございました

https://blues-hockey.net/update/2019/02/16-12.html
【初戦を勝利で飾りました‼️】
本日行われました《東京ブルーズ創設記念ゲーム Powered by 株式会社イメージ 東京ブルーナイツvs電通》の試合は6対3をもちまして東京ブルーズが勝利いたしました!

至らない部分もありましたが、その点に関しましては今後の活動の課題といたしまして、本日は初戦勝利という喜びをみなさんと分かち合いたく思います。

たくさんの応援、本当にありがとうございました。
今後も東京ブルーズをよろしくお願いいたします!

#東京ブルーズ
#アイスホッケー
#学生スポーツ
#みんなで踏み出す一歩 
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#勝利
#応援 #ありがとうございました
【選手紹介シリーズ】
中央大学GK4年金子将太朗

さらば、青春の東伏見。

4年間の大学生活で、これが最後の東伏見だ。アイスホッケーの関東大学リーグは、西東京市東伏見のダイドードリンコアイスアリーナが主戦場。大学野球でいえばここは神宮であり、ラグビーでいえば秩父宮。東伏見は、カレッジホッケーの聖なる舞台だ。2月16日、東京ブルーズのファーストマッチは、金子将太朗ら4年生の選手にとって「ラスト東伏見」、特別な試合でもある。

東伏見で金子がもっとも輝いたのは3年前、新入生のシーズンだった。関東の大学アイスホッケーチームは、まず4月に関東地区のトーナメント戦、9月から11月にかけては長丁場の関東地区リーグ戦、そして年末(年始)には全国から予選を勝ち抜いた大学が集まってインカレを戦う。この3つですべて優勝すると「3冠」達成と呼ばれるが、金子は中央大学に入学した最初のシーズンに、大学アイスホッケー最高の栄誉を手に入れた。

金子にとってはこの1年目のシーズンが、うれしくもあり、悔いも残っている1年だという。「大学1年で3冠キーパーになることができた。うれしかったですけど、4年生になって振り返ると、当時はチームの練習で満足していた気がします。個人練習をほとんどしなかったし、自分自身を追い込んでいなかった」。金子が通っていた高校は北海道、というより日本一の名門といわれる駒大苫小牧高校。厳しい練習に明け暮れた3年間を過ごした後だけに、その反動がどこかにあったのかもしれない。

金子の頭の中には、トップリーグへの思いが強くあった。1年目でレギュラーをつかみ、2年生、3年生と「頑張り続けてきたという自負はあります」。チームの練習がオフになると1人で車を運転し、女子チームの練習に乗りにいった。駒大苫小牧高校でも、中央大学でも、メインのゴーリーの座を譲らず日本一に。アイスホッケーを職業にするという思いは、単なる憧れではなく、信念と呼ぶべきものだった。

ただ、アイスホッケーの「上の人」からは十分な評価を得られなかった。身長170㎝台前半の体が、現代のアイスホッケーにおいて不利と判断されたのか。トップリーグから誘いの声がかかることはなく、金子は4年生の夏、公務員試験にトライする。9月に入ると「合格」の知らせ。それを境に、金子は自分の心の変化を感じたという。「たとえばツナ缶で料理をつくるとき、それまでは油を必ず抜いていたんです。でも、公務員に受かってからは、まあいいか、みたいな」。アイスホッケーの世界に進めなければ、自分はニートになるしかない。そんなふうに考えていたはずが、いつの間にか危機感が消えていた。

4年生の秋のリーグは4位止まり。それでもリーグ戦の後半にチームも金子も復調し、集大成となるインカレに向けて良い感触をつかんだ。しかし、インカレは準決勝で東洋大学に敗れ、金子は肩を震わせて大泣きした。「悔いなく終わりたかったのに、悔いだらけです。あの時、もうちょっとやっておけばよかった、頑張ってきたつもりだけどもっと頑張れたんじゃなかったかって」。金子はかつて自身の4年間をこう振り返ったことがある。「1年目は高校時代の貯金で頑張れた。2年目、3年目は惰性で、4年目は成績だけを見れば最悪だった」。そこまで卑下しなくてもと思えるが、それだけストイックにアイスホッケーに打ち込んできたのだ。

ブルーズには当初、GKのコーチ役として参加するはずだった。GKに辞退者が出たこと、さらに金子自身が「このチームで試合に出たい」と強く望んだことで正式にメンバーに加わった。練習中は、プレーもそうだが、声とユーモアある動きで周囲を盛り上げる。ブルーズの初期メンバーとして、その存在は欠かせないものになっている。「秋リーグでラストかと思っていたけど、もう一度東伏見でプレーできる。今度が本当のラストですね」。インカレで流した涙は消え、それでも心のどこかに「悔い」は残っている。4月からは社会人。東伏見の氷の上に、金子は何を置いていくのだろう。

Photo by Miki.A

Today’s Game
2/16 vs電通
(Powered by 株式会社イメージ)
14:00 Face Off!!!
@ダイドードリンコアイスアリーナ
#東京ブルーズ #アイスホッケー #学生スポーツ #西東京 #2月16日 #入場無料 #中央大学
【選手紹介シリーズ】
中央大学DF2年叶多洸大

上に行きたきゃ、挑戦するしかない。

珍しい苗字だ。かのおだ、と読む。東京で生まれ、アイスホッケーを始める前は「インラインホッケー」というローラーシューズで行うホッケーに夢中になった。「世田谷の実家の近くで、いま早稲田大学4年の鈴木ロイさんたちと一緒にやっていたんです。そうしたら周りの人から、アイスホッケーもやったらいいのにと言われて」。小学2年で神奈川のブルーベアーズに加入。そこから叶多の氷上でのキャリアが始まった。

高校は横浜の武相高校へ。「アイスホッケーでというより、普通に都立の高校に進もうかと思っていたんです。そうしたら、関東ではけっこう強い武相に誘っていただいた。挑戦してみようと思いました」。挑戦すること。それが、叶多がずっと自分の中で大切にしてきたものだ。

高校時代の監督いわく「叶多は勉強も学年トップクラス。アイスホッケーではなく勉強で表彰を受けたほどです。性格はおとなしくて、普段はいるのか、いないのかわからない。そういう意味では、ちょっとアイスホッケー選手らしくないですね」。3年生でキャプテンを務め、当初は関西の大学に進もうと考えていたが、1つの練習試合が運命を変えた。武相高校の初代監督・鶴巻創介先生は、中央大学の出身。そういう縁で武相高校と中央大学は年に1回、練習試合を組んでいる。「その試合でいいプレーができて、中央大学の監督が興味を持ってくださった。日本一の大学から誘われたんだから行けと、高校の監督が背中を押してくれました」

中央大学に入ると、1年目から主力のセットに組み込まれた。「入学して最初の春の大会から試合に出させてもらいましたが、どう考えたって自分は周りとレベルが違っていました。パス練習ひとつとっても、パスが強くてレシーブできないんですから。でも、蓑島(圭悟・DF)さんが日本代表でチームを離れていて、レギュラーの枠が1つあいていた。そこへもってきて、たまたま練習試合で僕の調子がよかったんです。でも、試合に出ることができたからこそ、周りとの差を縮めることができた。パワー負けを感じたからウェイトトレーニングを頑張らなきゃと思えましたし、死ぬ思いでプレーを続けてきたことで、最近ようやく自分らしいプレーができているかなと思えるようになりました」

叶多にとって気がかりなのは、自分を育ててくれた神奈川のアイスホッケーの後輩たちに元気が感じられないことだ。ずっと関東の上位校だった武相高校は、近年は県内でも慶應義塾高校に勝てない状況が続いている。「練習時間の制限があると聞いていますが、選手はもっと努力しないとだめだと思います。環境のせいにしていたら伸びませんよ」。その背景には、自分の気持ち次第で状況はどうにでも変えられるという、叶多自身の経験から得た思いがある。「高校まではチーム内に自分よりうまい人はあまりいなかったんですが、中央大学に入ると全然レベルが違っていて、しかられたり、アドバイスをいただいた。でも、それを吸収して、負けないぞという気持ちに変えることでメンタル面が強くなったと思います。努力する以外、自分にできることはなかったんです」

氷上に立つと叶多の表情は一変する。普段はおとなしく、話すことが得意ではないが、防具をつけてスティックを握ると一気に饒舌になり、時にシャウトする。叶多の奥底に眠っているものを解き放つのがアイスホッケーなのだ。「神奈川でホッケーをしている子たちは、たとえば試合で北海道と当たると、勝てないだろうと思うかもしれない。でも、神奈川でも、東京でも、努力をすればレベルの高いチームと戦えるし、レベルの高いチームに入ることもできる。こんな僕ですけど、頑張っている姿を見てもらうことで、努力をすれば上に行けるんだと子どもたちに思ってもらいたい」

努力は必ず自分に返ってくる。それは叶多自身が努力し、多くのものを得てきたからこそ言える言葉だ。「まずは中央大学で優勝することが一番の目標です。僕が入学してから、まだ一度も優勝したことがないんですから。あとは、やっぱり東京でアイスホッケーの人気を上げていかないと。日本の中心は東京ですからね。東京や神奈川のホッケー人口を増やして、そこから大学のトップに行く選手を増やしていく。将来、僕がコーチになることができたら、そこを目指してやりたいと思います」。自分が努力する姿を見せることで、神奈川や東京の子たちに「上を目指す」気持ちを伝えていく。叶多なら、それが可能だ。

NEXT GAME
2/16 vs電通
(Powered by 株式会社イメージ)
14:00 Face Off!!!
@ダイドードリンコアイスアリーナ
#東京ブルーズ #アイスホッケー #学生スポーツ #西東京 #2月16日 #入場無料 #中央大学
先日の練習の取材映像が本日放送されます🎥

J:COM 11チャンネル
「デイリーニュース小金井」
番組内にて22:00と23:30に東京ブルーズについて放送されます‼️ アイスホッケーがメディアに取り上げられる貴重な機会ですので是非ご覧ください👀

#東京ブルーズ
#アイスホッケー
#学生スポーツ
#ジェイコム
#取材
#放送
【選手紹介シリーズ】
大東文化大学FW3年茂木慎之介

僕の夢は、道で生まれた。

生まれは東京だが、つくづく埼玉に縁の深いFWだ。「テレビドラマのプライドを見て、アイスホッケーをやってみたいと思いました。出身は東京ですが、所属したジュニアチームは埼玉のウォリアーズです。おばあちゃんの家が埼玉にあって、通うのにちょうどいいかなって」。北海道では、学校の校庭にスケートリンクがあったり、自宅前に小さいリンクを作って練習をする選手も多いが、東京、埼玉ではそうはいかない。子どものころ、茂木はコンクリートの上でボールを使って練習していた。「暇さえあれば、そのへんの道でずっとハンドリングの練習をしていました。今もやっていますけどね(笑)」。 埼玉でプレーしていた茂木の憧れは、最初はキムタク、やがて埼玉栄高校へと移った。「埼玉でホッケーを続けた理由は、栄高校に行きたかったからです。ウォリアーズの練習に栄高校の選手がよく来てくれて、カッコいいと思って見ていたので」。やがて茂木は、埼玉栄高校のオレンジのユニフォームを着てプレーする。高校3年、茂木にとって最後のインターハイ。優勝した武修館高校を相手に、第2ピリオド途中まで3対1とリードを奪いながら5対3、逆転で負けてしまった。「その試合で僕はPS(ペナルティ・ショット。サッカーでいうPK)を外してしまったんです。その夏の全国選抜大会で僕たちは武修館高校に0-11で負けて、その日から、ブシュウに勝つ、夏の借りを返すというのがみんなの目標でした。しかも、優勝した相手に僕らは途中まで勝っていた。もし僕らが勝っていればと思いますし、あの試合は忘れようにも忘れられないです」。その前年のインターハイでも、埼玉栄高校は決勝で駒大苫小牧高校に敗れている。勝てなかったのは苦い思い出だが、「埼玉でプレーしていても上は目指せる。やったぶんだけ、きちんと結果に出る」ことを学んだ3年間だった。

自分のアイスホッケーを支えてくれたのは、埼玉。その思いがあるから、大学も県内の大東文化大学を選んだ。大東は、関東大学リーグ最上位の8校からなるグループAではなく、その下のBに所属している。卒業後にアイスホッケーの道で生きていこうと考えている選手は多くはないが、その中にあって茂木はトップリーグ入りを目指していると公言している。「去年の9月に、同じ大東の松渕雄太(4年)さんと一緒にアジアリーグの練習に参加しましたが、さすがにレベルが高いと思いました。スキルよりも、体の大きさ、強さが全然違う。特にコーナーでは相手にされませんでした。もう、片手で押されてしまう感じで」

茂木なりに自信を持って練習に乗り、そこで味わったレベルの差。それでも茂木の気持ちはいっこうに変わっていない。「アジアリーグをあきらめる? いや、全然です。そこからは毎日、体を大きくしようと思って練習していますから。自分の特徴はハンドリングだと思いますが、それだけで通用する世界じゃない。アイスホッケーが好きだからずっと続けていきたいし、大東から初めてのアジアリーグ選手(日本リーグ時代には大東から進んだ選手がいる)になりたい。実際に練習に参加してみて、トップリーガーになりたい気持ちがさらに強くなりました」

チームメイトにアジアリーグを目指す選手が少なくても、「それで流されることはない」と茂木は言う。「僕、本当にアイスホッケーが好きなんです。周りがどうであろうが、自分は自分。チームの氷上練習がない時は、松渕さんと2人で他大学の練習に入れてもらっています。ブルーズでもそうですが、2人で一緒にずっと練習に行っていたんです。そういう毎日も、もうすぐ終わりですね」

東京と埼玉で育った茂木が自分のプレーを通じて少年たちに伝えたいのは「人は1つのことにこんなに熱中できるんだってことです。これほど長い時間をかけてやれるものは、そうはないですから」。埼玉栄高校の3年間で「やったぶんだけ、きちんと結果に出る」ことを知ったからだ。東京でも、埼玉でも、どこでだって上は目指せるし、アイスホッケーはできる。きっと、道路の上でだって。

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【選手紹介シリーズ】
中央大学FW2年宮本明朗

泥くさく。それが僕の信念。

明朗と書いて「あきら」。プレーの緩急、パス出しにセンスが光るFW宮本明朗は、関東のホッケータウン・栃木県日光市で生まれた。「お父さんも中央大学の選手で、DFだったんです。ホッケーは本当に小さいときからやっていました」

宮本の出すパスはツンデレだ。パスを出すぞ、出すぞという感じではなく、ふっと不愛想に、素知らぬ顔をして、しかしパスレシーバーを思いやった軌道を描く。中央大学での受け手は、幼いころからの盟友、同じ2年生のFW徳光陸。「僕が安良沢(あらさわ)小学校で、陸は清滝(きよたき)小学校。お互い、うまいなあと意識する関係でした。その後、2年生の時に陸が転校してきたんです。それから中学、高校、大学とずっと一緒。今も同じセットを組んでいます。陸は、このへんにいそうだなと思うところにいるし、このへんに来そうだなというところでパスが来る。見ないでもわかるし、話さなくてもわかるんです。2人の間の決まりごとというか」。日常生活で特にいつも一緒にいるわけではない。氷の上で、パックを通じてつながっている間柄だ。

3月にロシアで行われるユニバーシアードの日本代表の一員。それでも卒業後にトップリーガーの道に進むことは考えていないという。「栃木と日光が好きなので、できれば(故郷に)帰って仕事をしながら、アイスホッケーをしたいと考えています。栃木の代表として国体で頑張りたい気持ちが強いですね」

この秋のリーグ戦で、中央大学は4位。総当たりの2回戦を終え、トップ4による順位決定リーグを迎えた時点で、すでに優勝の可能性は消えていた。それでも順位決定リーグで、優勝した明治大学を相手に4-3で勝ち、1次リーグで1-7と大敗した相手に、中央大学の意地と成長を見せつけた。「たとえ優勝はなくても、明治を相手に自分たちがどれだけできるのか、精いっぱいやろうと。チームがまとまった結果が接戦での勝ちにつながったと思います。リーグ戦ではチームが勝てずに、しかも勝てないことでチーム内が難しい状況になって、一時はどうなるのかなと思いました。ああいう経験は自分のホッケー人生の中ではなかったですし、きっとこの先もないと思いますが、みんなで乗り越えることができてよかった。個人的にも、ポイント(得点とアシスト)の数が上がらず苦しい毎日でしたが、どんなに苦しくても、自分がこれまでやってきたことを信じて、自分を信じて、周りにどう言われようとやる、それはできたんじゃないかなと思っています。得点が入らないことに関してもいろいろ言われましたが、自分としては、得点以外でもバックチェック(パックを持っている相手選手の背後からプレッシャーをかけること)などの守備の部分で貢献できていたんじゃないかなと。得点できなくても、自分の泥くさいプレーをやろうと信じてやってきた。そういう気持ちは最後まで持ち続けられたと思います」

パスだけでなく、普段の宮本も、ツンデレでスマートだ。しかし、内面は違う。「一生懸命やる。常に全力で。攻めだけじゃなく、守りの部分でも手を抜かないで、すべてにおいて全力でやるのが僕のスタイルだと思っています。今、アイスホッケーはマイナースポーツといわれていますが、もっともっとみんなに知ってもらえるようにプレーしたい」。ツンデレでも、ハートは熱い。宮本明朗はそういう男だ。

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#東京ブルーズ #アイスホッケー #学生スポーツ #西東京 #2月16日 #入場無料 #中央大学
バレンタインのプレゼントに🎁

ついに明後日、関東大学アイスホッケーリーグの選手で構成された《東京ブルーズ》の初戦が行われます‼️ 本日はバレンタインデーということで、この試合のチケットをプレゼントにするのはいかがでしょう⁉️ なお、写真は当日MCを努めてくださいます布施川一寛さんです🎙
布施川さんといえば妖怪ウォッチでも活躍されてますね👻
妖怪ウォッチファンの皆様も布施川さんの生MCを聞くチャンスですので是非会場にお越しください🏃🏻‍♂️🏃‍♀️ 2/16 14:00 FACEOFF(13:00会場)
東京ブルーズ創設記念ゲーム
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@ダイドードリンコアイスアリーナ

#バレンタイン
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#チケット
#アイスホッケー
#布施川一寛 
#妖怪ウォッチ
【選手紹介シリーズ】
法政大学FW1年伊藤俊之

体も、心も、とことん前へ。

兄・崇之も法政大学の選手(GK)。兄だけでなく、家族全員がプレーをするアイスホッケー一家で伊藤俊之は育った。競技歴は小学校1年から。スケートはさらにさかのぼり、「本当に小さいころから遊びでやっていました」。長野は、1998年に冬季オリンピックが開催された街。当時は北米のプロリーグ・NHLのスター選手がそれぞれの出身国のユニフォームで戦ったことで「ドリームチーム」と話題になった。そんな素晴らしい歴史を持つ街で伊藤は生まれた。

180㎝台の身体を生かした「前に向かう」プレーが特徴だ。「パックをうまくさばくプレーよりも、体が大きいので、ハードワークして迫力あるプレーを。それが自分の売りだと思っています」。小学校時代は長野イーグルスでプレー。中学からは軽井沢のチームに移った。「全国大会に行って北海道のチームと当たると、どうしても勝てない。下を向いてしまう先輩たちの姿を見てきました。負けるのは仕方ないかもしれないけど、いい試合をしたいなあと思って。そのためにはまず自分ができることをしよう、自分が闘争心をもって戦っていこうと思いました」。それが今の伊藤のスタイルの原点だ。

中学を卒業すると、札幌市にある伝統校・北海高校へ。「最初は関東の学校に行こうと思っていたんです。でも、どうせなら北海道でやろうと。当時、北海高校にはスター選手がいて、北海道のトップのチームともいい試合をしていた。強い学校なんだと思いました。北海道外から来た人のための寮もあって、ここで頑張ろうと。そして将来はトップリーグに行きたいという気持ちになりました」

大学も、数々の栄光の歴史を重ねてきたチームを選んだ。過去に何人もの日本代表を生んだ法政大学だ。「実際に入ってみたら、本当にレベルが高いと感じました。体を生かしたプレーをして、高校のときはそれで1年生から使ってもらえたのでそれを貫いていこうと思っていますが、大学のアイスホッケーはパス重視です。パスホッケーを学び、それでも自分の良さは出していきたい。チームには、激しく体を使ってプレーする選手も絶対に必要だと思っていますから。法政は個人レベルの高い選手が多いので、先輩と比べたらまだまだですが、高校時代よりパスを通せるようになっていると思いますし、周りを見られるようになった。プレーのイメージがどんどん沸くようになったと思います」

長野で過ごした中学時代までは、国立大学の付属校に通っていた。高校で北海道に渡り、スポーツの世界に本格的に身を投じた伊藤のキャリアは、自分を信じて前進を続ける彼のスピリットが表れている。「法政は、もっともっと上に行けるチームです。順位を上げていくためには、上位校と対戦して、いい試合ではなく、勝てるようにしないといけない。僕自身、得点をもっともっと取りたいですし、FWの仕事をまっとうしたい」。気持ちも、体も、とことん前へ。自分が信じてきた生き方を伊藤俊之はプレーで表現していく。

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【選手紹介シリーズ】
青山学院大学GK2年佐藤諒

顔もハートもイケメン。

2月16日14時フェイスオフの「東京ブルーズ創設試合」対電通戦でベンチに入るGKは2人。2月13日に行われたミーティングで、スタメンは金子将太朗(中央大学4年)、イケメンは佐藤諒と、担当が振り分けられた(付け加えると金子もなかなかのイケメン)。青山学院大学では1年生の西村一彩と正ゴーリーの座を争い、「勉強もすごく頑張っている」とチームメイトの評価が高い選手だ。

北海道の強豪、インターハイの優勝経験を持つ釧路江南高校の出身。「これまでで一番思い出に残っている場面」として、佐藤は自分が出ていない試合を挙げた。「高校1年生のインターハイ、2回戦です。その年、一度も勝てていなかった清水高校と対戦したのですが、第3ピリオドの途中まで3点差をつけられていたんです。でも、そこから追いついて、最後はGWS(ゲーム・ウイニング・ショット=サッカーのPKのようにシュートする選手とキーパーが1対1で争う)で勝ちました。その時のキーパーは合田聖さん(中央大学3年)。僕は試合に出ていなかったのですが、アイスホッケーの魅力というか、本当にこのスポーツは何が起こるかわからないんだって、震えるような気持ちでした。あの試合のことはずっと忘れられないと思います」

アイスホッケーは、ベンチには最大22人の選手が入り、氷上には6人が下りて試合をする。そのうちFW3人+DF2人の計5人が「セット」を組んでどんどん交代しながらゲームを進めていくが、唯一、GKだけは、点差が開いたり、負傷するなどの特別な事情がない限り、1人で試合の60分間をまっとうするケースが多い。ベンチ入りした選手のうち、サブのキーパー1人だけが1秒も出場することなく試合を終えるケースが多いのだ。自分だけ出番がないことで気持ちが切れたり、試合に出ているGKの失敗をどこかで期待したりはしないのだろうか。「試合に出ても、出ていなくても、ベンチに入った以上、いえ、ベンチから外れてもチームの一員であることに変わりはありません。試合に出ていない時でも、できるだけ選手のためになること、積極的にベンチの扉を開けるドアマンをやったり、仲間を励ます声を出したり、チームのためになることを常に考えています。自分のことより、チームを大事にしているつもりです」

アイスホッケーとチームを大事に思う佐藤が残念に思っているのが、大学リーグでせっかくハイレベルな試合をしても、それが世の中に伝わらないことだ。「お客さんの数が少ないのは寂しいですね。僕の出身地である北海道の釧路はアイスホッケーが盛んで、トップリーグ以外の試合にもたくさんの人が来ます。大学に入ってからは、僕も友達を誘ったり、SNSを活用したり、小さいことですが学生の自分にもできることがあるのではと思っているんですが」。青山学院の練習は夜の10時45分、あるいは日付の変わった午前1時45分など深夜に行われることが多い。リンクの貸し切りがその時間しか確保できないためだが、大変な思いをしながら練習した成果を多くの人の前で披露できないことを佐藤は悔しがる。

所属する青山学院大学という「チーム」への想いも年々、強くなっているという。「大学生活も残り2年、これからは後半になります。去年まではチームに引っ張ってもらっていましたが、これからは引っ張る立場であり、引っ張ることのできる人間にならなければと思っています」

佐藤を見ていると、単に容姿が整っているだけでなく、1人の人間としての考え方、生き方が凛としている印象を受ける。女子学生の人気もさぞ高いのでは? 「いえ、残念ながら全然です(笑)」。そんなふうに言える人間こそ、女性にも男性にもモテるものだ。仲間思いで、謙虚。佐藤諒の本当のイケメンぶりは、もしかしたら顔ではなく、心なのかもしれない。

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2/16(土)試合について‼️
チケットは当日にも、リンク入口にて12:30より配布いたします🎫

開場は13:00になります🏒

当日配布分1,000枚用意いたしますのでお友達、ご家族、恋人など沢山の人のご来場お待ちしております‼️ #東京ブルーズ
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#アイスホッケー
【選手紹介シリーズ】
日本体育大学DF1年水戸部凌也

青き想い、札幌まで届け。

日本でアイスホッケーが盛んなのはいうまでもなく北海道で、東から順に釧路、帯広、苫小牧。水戸部凌也が生まれた札幌は、人口が他の市町村より抜きん出ているにもかかわらず、さほど多くのトップリーガーを生み出してこなかった。しかし、今後はその傾向に変化が生まれるかもしれない。 「僕がアイスホッケーを始めたのは小学3年、札幌でも西側の星置(ほしおき)という所にあるケッターズというチームです。日本製紙クレインズで活躍した腰越雅敬さん(元中央大学コーチ)に誘われて始めたんですが、星置のリンクにはよく中央大学が合宿に来ていて、子供のころから練習の手伝いをしていました」。もともとの家系はアイスホッケーではなくサッカー。お父さんは室蘭大谷高校の選手として、全国ベスト4を経験している。「僕もそのままいけばサッカーの道に行っていたと思いますが、アイスホッケーを見たら一発でスピード感に惚れました。スケート靴を履いてやるゲームなんて、ほかにないじゃないですか。今では父さんもサッカーよりホッケーが好きなんです。ホッケーを見ているうちに、サッカーのスピードでは物足りなくなったみたいで」

現在、日本体育大学の1年生。卒業後はトップリーグではなく教員を目指している。「僕の中には札幌への想いが強いので、(故郷に)帰って指導者になりたいんです。今、ケッターズの後輩たちの人数がすごく増えているんですよ。6年生だけで20人近くいますから」。釧路、苫小牧ですらホッケーをする子どもが減っていることを考えると、その背景には大都市・札幌であることと、指導者の情熱があるのだろう。「僕はケッターズで小学5年生からキャプテンでした。普通は6年生がキャプテンをやるんですが、僕は2年間やったんです。今の札幌の子たちはそれを知っていて、5年生からキャプテンをやっていた人ですよね、なんて言ってくれる。自分でもびっくりしますけど、うれしいですよね」。札幌の少年にとって水戸部は憧れの存在なのだ。

日体大は3シーズン前、「インカレ」という大学最高峰の大会で準優勝。関東大学リーグの下位になることが多かったチームにとっては大きな喜びで、アイスホッケー界全体にも話題をもたらした。「僕はそのとき高校生でしたが、札幌にもそのニュースは響いてきました。大きい舞台で結果を出せば、入ってくる選手が変わってくるし、チームの能力自体が変わる。日体は今季、インカレで4位に入りましたが、そこで満足しないでもっと上にいかないといけないと思っています」

日体大には関東大学リーグ最多の40人近い選手がいる。日体大がそういうチームというわけではないが、選手の数が多いと、チーム内の競争が激しくなる半面、「レギュラー」と「控え」の間に精神的な距離感が芽生えることもある。「今シーズン、大学のアイスホッケーを初めて経験してみて、大学には大学の難しさがあると感じました。高校は、監督やコーチが私生活、礼儀、規則に関して徹底的にやりますが、大学はそこがフリーになる。自己管理できるかできないかで、差が出てくるんです。チーム内でも、やる人とやらない人の間に溝ができる。大学は、チームが1つになるのが高校よりも難しいと思いました」

選手数の多い日体大にあって、水戸部は主力の一員としての地位を守っている。「自分の特徴はフィジカルプレー。相手からどれだけけなされてもいいので、フェンス際でとにかく相手が嫌がることをする。相手がアタマに来るプレーが得意なんですが、たまに、僕自身が感情的になることもあります。気持ちの波をなくすことが課題だと思っています」。DFが守りの位置から相手のゴール前に上がっていくことをジャンプアップというが、それも水戸部の売りのひとつだ。「スピード感のあるプレーがアイスホッケーの面白さだと思います。守りの起点から、1本のパスでチャンスを広げるのも好き。守りの概念を大事にしながら、その概念を覆すプレーをしたいんです」

3年前、日体大がインカレで準優勝したニュースは、当時、札幌にいた水戸部の心を動かした。そして今、東京でプレーする水戸部のことを、札幌でアイスホッケーをする少年たちは気にかけている。「僕は人生のすべてをケッターズで学びました。だから札幌に恩返ししたいんです。たぶん、上のリーグには行けないと思います。目指していた時期もありますけど、周りを見て、己を知って、上に行く選手ではないとわかりました。だから子どもたちを教えて、その子たちに上を目指してもらいたいんです。札幌のアイスホッケー人口を増やして、僕の代わりに日本代表に入ってほしい」。2030年、あるいはその4年前か。札幌が冬季五輪の開催地に立候補するのではという話がある。もし札幌がホストシティーになったら、日本代表の中に札幌の選手は何人含まれているだろう。そこに水戸部の名はないかもしれないが、札幌の選手の中にはきっと、水戸部の青き心が受け継がれているはずだ。

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#東京ブルーズ #アイスホッケー #学生スポーツ #日本体育大学